3月21日(金)  語学学校卒業
 最後の授業をうけた後、語学学校の卒業式がありました。毎週新入生を受け入れているように、卒業式も毎週あります、1年通った人も1ヶ月通った人も同じ卒業式に出るなんて変な感じ。私は3週間、しかも休んでばかりいたので、あまり「卒業」だなんて気がしませんでした。名前を呼ばれ、卒業証書をもらってスピーチをします。長期間通った学生は、涙ぐんで "必ず戻って来ます!" だの叫んでいます。短期間の学生は、3人ほど続けて "とてもいい時間を過ごしました。ありがとうございました" と同じ内容。そして私の番になりました。4人続けて同じセリフを言うのもつまらないので、何か違うことを言っておこうかな。別に狙ったわけじゃないのに、爆笑されてしまいました。言った台詞は "えー・・・もし日本にきて私を見かけたら、話しかけてください" でした。

Good luck!
 卒業式は30分くらいで終了。特に感動することも無く・・・。さぁ、帰るかな。ホール内にいた、卒業式を見に来たクラスメイトが私の方に歩いてきます。タイ人、韓国人、中国人のみんなでした。握手をして、言われた言葉は "Good luck, Hayase!" なぜかここで涙が出そうになりました。初対面が苦手な私に、たくさん話しかけてくれたみんな。みんなは、これからもう少し ・・・あと2ヶ月だったり半年だったり・・・勉強したあと、それぞれ別の人生を歩みます。私は一足先に、自分の人生に戻ります。短い期間でしたが、一緒に過ごしたことを忘れはしません。さようなら。Good luck!

3月22日(土) 
Ferrymead historic park
 最後の土日をどう使おうか、かなり迷いました。ホストファミリーと過ごそうと思っていたけど、彼らは土日はとても忙しいんだそうです。ホストファザーはラグビーの試合、子ども達は習い事が二つもあるんだとか。じゃあ出かけた方がよさそうですね。ホストマザーとパンフレットを見ながら、どこに行ったらいいか考えました。しかし、あれも行ったしこれも行った・・・ほとんど行ってしまった!ホストマザーも驚いてました。 "ん〜、あなたは短い間だけど、ずいぶんたくさんの所に行ったわよね!すごいわ!Ferrymeadは行った?" まだ行ってないところでした。そこは、正式名は「Ferrymead historic park」と言って、一つの街がまるごと昔の姿で保存されている街。街自体が博物館なんだそうです。そこに決定!

ここはどこ?
 あと2週間の滞在期間が残っているChikaを誘って行きました。行き方は、市内の大聖堂広場にある観光案内所で聞きます。地図を受け取り、スタッフがFerrymeadの場所に印をつけてくれました。
 Ferrymeadはちょっと遠いところにあって、バスで30分くらい。見知らぬ土地に行くのはとても不安。地図を見て頑張って行きました。
 しかし、明らかに地図に印が付いている場所に来たのに、何もない。ただの住宅地です。これはとてもおかしい。1時間くらいぐるぐると周辺をまわったけど、本当に何もない。通りすがりの人に聞いたら、なんとその、スタッフが付けた地図の印が間違っていたのです!こんなことってあるんだ。ひどすぎる!

Ferrymead到着!
 息も絶え絶えで、Ferrymeadに到着。広〜い街かと思いきや、かなり小さい。けれど、実に様々なお店がありました。教会、小学校、ラジオ放送局、印刷所、理髪店、電報・郵便局、消防署、劇場、鍛冶屋、貸し馬車屋・・・全て当時のままで、中は展示用に並べてあります。というより、無造作に「放置」してあります。どこも「幽霊屋敷」みたい。

幽霊屋敷
 あるお金持ちの屋敷を覗くと、ところどころ新しいけど、誰もいません。ちょっと変な感じ。帰りに横を通り過ぎるとき、Chikaが「あれ?さっき行ったお屋敷から煙が出ているよ」。そう言うので、見てみると、誰もいないはずの屋敷の煙突から、煙が出ている!ゆ、幽霊!?
 そ〜っと中に入り、暖炉のある部屋を覗いたその時!!!・・・1人のオッサンがパンをモサモサ食べている。・・・え?このオッサンは誰?実は彼はこの家をキープしているスタッフのうちの一人。勤務時間になったみたい。彼は薪で火を焚いて、お風呂を沸かすのを見せてくれたり、この屋敷の歴史について教えてくれました。その後、馬車やトラムに乗ったりしてから、ゆっくり帰りました。

3月23日(日) ショッピングモール
 この日もホストファミリーは一日中おでかけなので、私はショッピングに出かけました。Chikaと二人で、人気のショッピングモールへ。食料品を売っている場所が、すごく広くて倉庫みたいな作りです。テレビで見たことはあったけど、実際に行ってみるとド迫力!
 日本のデパートみたいな作りで、服とかおもちゃとかも見ました。文房具屋に、ロード・オブ・ザ・リングの表紙で中は真っ白ノートが売ってました。「じゆう帳」みたいです。子供向けといった感じ。電化製品の場所では、大型テレビにロード・オブ・ザ・リングが流されていて、ロケ地の国を感じさせてくれました。子ども達が "Wow ! The Lord of the Rings!" と声をあげて、集まっていました。意外に、子どもにも人気なんだね。
帰りにChikaと最後のお別れをしました。彼女はすごく悲しそうにしてくれていて、それが私にはとても嬉しく感じました。

最後の夕食

 家に帰り、ホストファミリーと食べる最後の夕食を食べました。次女アレックスが、食事の最中に "ねー、Hayaseは明日帰るの?" ホストマザーとファザーが "Yes" と言うと、彼女は顔をくしゃくしゃにして "えー!嫌だよ!" と言ってくれていました。
 初めて一緒に夕食を食べた時のことを思い出していました。私は家族同士の会話が全然聞き取れなくて、すごく辛かった。しかし今は、アレックスが「今日ソフトボールの練習試合で、友達が負けそうになったとき急に私を殴ってきた」とか言っているのがわかりました。
 夕食後は、一緒にテレビを見ました。初めて一緒にテレビを見たときも、みんながテレビに対して何かコメントしていても、その内容がわかりませんでした。テレビにベリーダンサーが出てきて、ホストマザーがファザーに対して "うわ!すごいお腹の肉じゃない?ベリーダンサーって全員、こんな感じで太っているわよね" と言ったので、私は思わずプッと吹き出しました。すると、ホストマザーが驚いていました。今まで、私はゆっくりめに話してもらっている時しか反応したことがなかったから。彼女は当惑しながらも "・・・あら、Hayaseも賛成してくれる?" 私は、"ええ、一度で良いからスタイルのいいベリーダンサーを見てみたいね!" とコメントして意気投合しちゃいました。ちゃんと、英語も上達したのかな?ベリーダンサーの腹肉のおかげでちょっと実感が湧いてきました(笑)。
 
3月24日(月) さようなら、ホストファミリー
 朝6時。寒くてずっとベッドの中にいたい気分。私が来たときよりも、NZはずっと寒くなりました。夏が終わり、秋が来たからです。厚めの長袖が丁度良い。日本は、これから温かくなるな・・・。そう、今日は日本に帰る日でした。私の心は、もう日本のことでいっぱいです。
 いつものように子ども達がバタバタと騒ぐ音や、テレビの音が聞こえてきました。今日がNZ最後の日、お別れの日だなんて、あまりそんな気がしません。歯磨きをし終えて、洗面所から出ると、今出かけるところだったホストファザーがやってきました。 "Bye" そういってハグをしてくれました。あ、これが最後なんだ・・・。たくさん親切にしてくれたホストファザー。お別れだなんて考えるのは寂しいので、なるべく考えないようにしてしまいました。
 次は、長女のサムが学校に行きました。お別れの言葉は無しでした。私は部屋の窓から、友達と一緒にせかしく学校へ行く彼女をそっと見送りました。あやとりおもしろかったね、ありがとう。私のこと、忘れないでね。
 そして一番の仲良し、次女のアレックス。"Hayase!" 急に私を呼ぶから、なんだろうと思ったら、モーニング娘のシールを鞄に貼って "Look! I found it!" だって!プレゼントしたポッキーの中に入ってたのを今日見つけたんだって。友達に見せるって、すごく喜んでいました。さらに自分のお弁当を出して "Look! Um...Yummy! (見て、おいしそう!)" だってさ。何で私に自分のお弁当の中身を自慢してくるんだよ(笑)。もー、性がない奴だなぁ。そんな君が好きなんだけどね。まだ子どもで、お別れなんてわからないのかな。
 そしてアレックスが学校に行く時間になりました。私の部屋に来て、"学校に行くね・・・" 意外も、そう言って泣きそうな顔で抱きついてきました。行こうとしてはまたハグをして、そしてまたハグをして、私たちはずっとハグをしました。こんなに私のことを好きになってくれたアレックス。彼女との別れはとても辛いものでした。"ねぇ、もし将来、日本に来ることがあったら、絶対私の家に来るんだよ" "Yeah.." そんなこと無いだろうと、わかっていても、いつかまた会えると信じたい。さようなら。何度も何度も後ろを振り返りながら、彼女は学校へ行きました。

さようなら、クライストチャーチ
 あとは飛行機の時間を待つばかりになり、ちょっと散歩をすることにしました。通学路を眺めると、初めてここに来た日を思い出しました。全てがいとおしく思えます。さようなら、クライストチャーチ。
 一番下のおチビちゃん、3歳のジェシーは砂遊びをしていました。私が近づくとキャーキャー喜んで、砂のかけ合いっこになりました。これから長い時間飛行機で過ごすのに、汗はかいたしズボンには砂が付いてしまいました。
 フライト時間が近くなり、ホストマザーに空港まで送ってもらいました。一番お世話してくれて、一番お話したホストマザーと、お別れしなければいけない時が来ました。車からトランクを取り出し、お互いに見つめ合いました。そしてハグをして、彼女はこう言いました "Oh... You were so LOVELY!!(あなたはとてもラブリーだったわ)" すごく嬉しい言葉でした。NZの人はなんでも「良い」ものやことをLovelyと表現しますが、まさか私までLovelyと表現してもらえるとは!私は自然に言葉が出てきました "毎日、優しくしてくれてありがとう!" 涙は出ませんでした。いいえ、「出しませんでした」。これが最後なんて思いたくないから。今度NZに来たときも、必ず顔を出してとも言われました。遠くの国だから、すぐになんて来れないけれど、いつか・・・。

さようなら、ニュージーランド!
 たくさんの人の顔と、たくさんの美しい風景が頭の中をかけめぐりました。どれも忘れないよう、何度も何度も思い出しました。全て永久記憶になるように、何度も、何度も・・・。

 来たときの飛行機は緊張したけれど、帰りの飛行機はすごくスムーズに乗りました。窮屈だけどゆっくり寝たり、映画を観たりしてついに日本に帰ってきました。

日本
 見慣れた風景の中を、NZで末っ子ジェシーにかけられた砂がついたズボンを履いて歩きました。
 両親が迎えに来て、家に帰りました。両親は変わらない様子で、元気そうです。「あ、靴の中にも砂が入ってたなぁ。」トントン、と靴の中から砂を出すと、NZの砂が出てきました。
 私、NZにいたんだ・・・。砂を触ると、指の腹でジャリジャリと音を立てました。本物でした。

 眼をつぶると、NZの風景が出てきました。私はクライストチャーチの広くてきれいな歩道を歩いています。次は、クイーンズタウンのパーク・ストリートを歩き始めました。石をつたって湖の中側まで行くと、陸が見えなくて湖の中にいるみたい。ファンゴルンの森のロケ地を思い出せば、その暗くてしめった空気にゾクゾクします。ホビット庄。あたり一面の牧草地。緩やかな風が私の頬を撫でます。・・・眼を開けると、日本にいました。でもまた眼をつぶれば、たちまちNZにいるのでした。

おわり

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